“秋の風、お友達?”
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この春に解体されたという、古い古い日本家屋とそのお庭だった跡地。晩秋を迎えた今はというと、広大なススキの生い茂る原っぱへとすっかり変貌している、そんな空き地の一角にて。まだまだ一人歩きは心許ないだろう、二つか三つくらいという年頃の、小さな小さな迷子と遭遇したロロノアさんチのご一家で。すぐにも陽が暮れよう、肌寒い晩秋の黄昏時。人通りも少ない土地だけに、そんな場所へと置いてもおけず、お腹も空いているようだしということで。ここは是非とも我が家へ連れ帰ろうと、ルフィママがしきりと言い張って。それでとお連れした小さな坊やは、
「髪の色合いなんかは今時風ですけれどもね。」
形のよさがあらわにされた、真ん丸な後ろ頭の上のほうへと束ねてある、幼児特有の細い質の髪。猫っ毛で柔らかそうなその上、今時が旬で出回っている栗みたいな、甘い茶色をしているのは、お母さんの趣味で染められたかなと見えなくもないのだけれど。いかにも純日本風の、小さな小さなサイズの袷と袴という和服を着ていて、しかもその恰好をちっとも不自由がってはいないところが不思議ですね…とは、ツタさんのご意見。ほてほて・とことこという、寸の足らないあんよによる歩みの小ささや不安定さこそあれ。くるぶしまで裾のある、しっかりした生地の袴が擦れ合っての絡まって、足を取られて転ぶということもなければ、襟元前合わせをきちんと締めたまんまで、腕を振り振り、リビングを見て回りの、大きな窓ガラスにとんと手をつき、おおうと、思わぬ冷たさにだろう手を引っ込めのと、自由奔放に動き回っている快活さにも何ら影響を見せない器用さであり。
「七五三用のモデルさんか何かかなぁ。」
もっと小さい頃からモデルのお仕事をしていたとか、時代劇に出ていた子役とか。そういうお仕事に駆り出されての、日頃から突飛な恰好もしているというなら、普通一般の子供に比べれば和装にも馴染みは多かろう。ただ、
「でも、そんな特別な子なら尚のこと。お母さんなり撮影関係者なり、連れて来た大人が目を離さないだろうし。隙や不注意が重なって移動中とかに居なくなったっていうのなら、躍起になって探してもいるはずだろに。」
すっかり着替えてリビングに戻って来たルフィがそんな言い方をするということは、人探しに駆け回る誰ぞの気配、彼の人並み外れた感応力でも一向に拾えないということなのだろう。子供部屋にて一緒にお洋服を着、懐ろへと抱っこしていた我が家の小さな王子様を足元へと降ろしてやれば、とてとて歩んで、大窓からお庭を見やる小さなお客様へと向かってゆく。
「…うや?」
「うや♪」
さっきまではウェスティという真っ白いわんこだったカイくんだ。フードつきの淡い玉子色のジャージスェットに、胸当てつきの真っ赤なサロペットズボンという、どこから見ても三つ四つの子供というこの姿では初対面になるはずの間柄だのに。最初こそ小首を傾げたものの、
「かーい?」
「う。」
訊いて訊かれて こっくりこという、そんな愛らしいやり取りをしているところから察するに、
「…判ってるのか? あれ。」
「みたいだねぇvv」
わんこの姿をしていた間に、自己紹介をしていたカイくんだったのか。そして、それを覚えていたればこその、謎の坊やの方からの『かーい?』という訊きようなのか。だが、そんな会話が成立するためには、とある条件がクリアされねばならない訳で。
「ルフィ。」
「んん?」
「さてはお前、何か気づいてることがあるな。」
「さぁて?」
まだ内緒ということか、隠しごとが上手じゃあないくせに白々しくも途惚けて見せてから、
「さあ、晩ご飯だぞ? 二人ともお手々洗って来ような?」
小さな王子様たちへと駆け寄ってく奥方で。
「あいvv」
いいお返事をしたカイくんの傍ら、
「???」
何を言われたやら、理解出来てないらしいニューフェイスの坊やへは、
「お手々、ごしごしだお?」
「う。」
もみじのような小さな双手を、拍手の出来損ないのように擦り合わせる手振りで教えるカイくんへ、こっくり頷く赤毛の坊やの様子もまた可愛くて。
「うわぁあぁ〜〜〜vv」
俺、そんなにも小さい子大好きタイプって訳じゃなかった筈だけれどもな。なんか、こんな可愛い子が二人に増えたのが凄げぇ嬉しいvv こちらさんはTシャツに肩から胸元までの切り返しがパッチワーク調のデザインシャツを重ね来て、下はチノパンという恰好になったルフィが、こしょこしょとツタさんへ囁けば、
「奥様は今“お母さん”ですからね。特にそういうところが敏感になってもいるのでしょうね。それに、」
それに、あんなに愛らしいお子様ですもの、そりゃあワクワクだって致しましょうと。にっこり笑って応じて下さり、
「でも、可愛い子フェチなはずのゾロは反応薄いよね。」
「それは仕方がありません。」
ええ?どして? 旦那様のは、正確には“カイ坊ちゃんが好き”と限定されてますから。
「しかも。
甲乙つけがたいくらい愛らしい坊やが現れたとあって、
いいやウチの子の方が可愛いと、依怙地になってもいるのでしょうし。」
不意に割り込んで来た女性のお声があって、おややとびっくりしたルフィとツタさんとが振り返った肩の向こう、二人の背後に立っていたのは、
「え? あ、ロビンっ!」
「ハイvv お久し振り。」
表情がぱぁっと弾けるルフィへ、こちらもにこやかに笑った、それはそれはお綺麗なお姉様。東京で執筆活動をなさっておいでの、ロビンさんというお人で、ここだけの話だが、ルフィやカイくんと同じ、メタモルフォゼの出来る精霊の末裔でもあり、同じ秘密を共有する間柄でもあったりし。
「いつ来たんだ?全然気がつかなかったぞ。」
「ついさっき。車で乗りつけたから気配もかき消されていたのでしょうね。」
そうと言ってから視線をやった先では、小さなお客様の坊やが…お口へ手をやり、少々怯えて見せており。
“…人見知りするのかな。”
そういや、自分へも匂いを嗅いでから懐いた子だったことを思い出し、警戒心が強い子なのかなと、思ったゾロの視野の中。ぱたたっと駆け寄って来て、屈み込んでいた背後へ隠れてしまった くうちゃんだったりしたものだから。
「おや。」
傍観者になりかけていたゾロパパ、成り行きへいきなり引っ張り込まれてしまい。これはどうしたことかと、背後の様子を見やったものの、
「きゅう〜〜〜。」
小さなお手々が、こちらのトレーナーの生地をきゅうと握る。本人は懸命に、だが…いかにもささやかな力で引き掴むその感触が伝わって来て、
「…大丈夫だ。」
ついのお声が柔らかく紡ぎ出されていたのは、こちらさんもやはり“お父さん”であったからだろう。
「あれは見た目ほどおっかねぇネエちゃんじゃないからな。何か妙な匂いがするのは、ワニ飼ってる変わりもんだからだ。」
「まあ。」
どさくさまぎれに、いつもルフィやカイくんを横取りされては涼しいお顔されてることへのお返しをしてませんか、お父さん。(苦笑)
「ふや。」
やさしいお声に反応してか、大きなお背せなからちょこりとお顔を出したものの、やっぱり怖いか、ゾロの二の腕をきゅうと掴む。それを見ていたカイくんが、う〜〜〜っと複雑そうなお顔になって。こっちはママへと とてちて駆け寄り、足元へ抱きつくと何やら不満げなお顔で見上げて来たのが、
“妬いてる、妬いてるvv”
眉をきゅうと下げての“カイのパパ、返してもらって”と。そんな駄々こねしているのがありあり判るお顔になった坊やへと、自分譲りの猫っ毛をもしゃもしゃ掻き回してやってから、
「今はくうちゃんに貸してあげな。カイはいっつも独り占め出来んだろ?」
こしょり囁き、それから。
「くうちゃん。こっちのお姉さんが怖いのは判るが、よ〜く見てご覧。」
「判るってのは何。」
「…ロビンさん、今の笑顔は確かに怖いです。」
お母さん属性のこちらのお三人、只今、即席の漫才ユニットになりかかっておりますが。(おいおい)
「な? 威嚇とかしてねぇだろ?」
そんな…奇妙な物言いをするルフィに。
「…ルフィ?」
今になってのようやっと、ゾロがとあることへと気がついた。怯えていたのが匂いを嗅いで止んだこと。わんこだった筈のカイくんとのツーカーな会話。そして…実は狼属性の精霊であるロビンへのこの怯えよう。ということは?
「ルフィ、精霊石、持ってる?」
「え? あ、えと。」
訊かれて えとえとと思い出しつつ、ルフィが向かったはサイドボードの小物入れの引き出しで。そこには…ビー玉や丸みを帯びた小石やら、齧った跡がついたビニールボールも入ってて。所謂、ルフィとカイくんの“宝物”が雑然と、だが、大切に入っているらしく。
「あ、これ。」
そんな中にあっては少々不自然な可愛らしいもの、組木細工の小箱を取り出したルフィ。燻した金具の留め金を外し、チョウツガイで留められた蓋を開ければ、中にあったのはエメラルドのような色合いで透明の、宝石か、いやいや軟石だろうか小石が1つ。はいと箱ごと差し出されたそれへと手を延べたロビン。綺麗な指先に小さな翠石を摘まむと、それを自分の額に掲げ、それから目を閉じて何やら念じ始める。自分がメタモルフォゼをして見せるのなら、そんな儀式めいた手順は要らぬ。となると、
「…きゅ?」
怖いもの見たさだろか。ゾロの大きな背中を楯にしていることでも励まされてか、目元から上だけというお顔の一部、はみ出させてのこちらを覗いてた坊やが…何が起きているのだろうかと小首を傾げる。そんな坊やの体が…ふと。ロビンが掲げていた翠石と同じ色の光にぽわりと包まれて。
「え?」
「うや?」
「あらあら。」
「おい、何す…。」
こんな小さな子供を相手に、得体の知れない術とかかけてんじゃねぇぞと。叱りかかったゾロの声が中途で途切れたのは、お背にしがみついてた気配が不意に軽くなったから。そして、
《 きゅう?》
瞬きした直前までは確かにいた、小さな小さな迷子の坊やが、今は…姿を消しているのを確かめたようなもの。ぎょっとして振り返ったそこにいたのは、
―― 手足の先には純白の手套はいて。
胸元の綿毛も純白だけれど、残りは甘い茶色と、
夏毛の名残りか濃褐色の毛並み。
お耳の先にちょっぴり長い目の綿毛を覗かせた…
小さな小さな仔ギツネが。
後足で立っての、自分の背中へちょこりとしがみついてるの。目撃してしまったゾロパパだったりしたのである。
「はい?」
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*…という訳でございまして。(苦笑)
もちょっとだけ、続きます。 |